« 御岳でまったり | トップページ | 重松だけか? »

2010年4月18日 (日)

雪後晴れ 読売新聞・法政大学市民講座

Ts3h0145a 17日の土曜日朝起きると雪が積もっていた。後でニュースで見ると1969年以来2度目の再遅記録らしい。桜が咲いてからの雪は何回か経験していると思ったが、4月17日に降るのはやはり珍しいということか。
しかし、そこは春遅い雪午前中には陽が出てすっかり溶けてしまった。


















昨日の新聞で、近所の法政大学で市民講座があるのを知って出かける予定にしていたので雪が溶けてよかった。
Ts3h0146 昼過ぎに、自転車で出かける。講師は、田中優子教授。テレビでも見かける売れっ子教授ですね。
会場に着くと、もう750名入る教室は満員に近く、結局ついには立ち見まで出る人気でした。
講義は田中教授の専門の江戸の話。といっても、この講座は、読売新聞立川支局と法政大学の共催で、年10回行い共通テーマは「絆と縁」ということで、来年3月まで行われるとのこと。講師はすべて法政大学社会学部の教授で、登録なし費用なし。手軽に教養を得られる良い企画です。

田中さんは、テレビで拝見するように和服姿でまあ同年代なんですがきりっとした印象でした。
内容もなかなか面白かった。個人的に江戸俳諧・連句に興味があり、田中教授の専門の江戸時代の社会にも興味があります。
いくつかポイントだあったが、
1.上がり框や縁側が、家のなかと表のゆる い境界になっていてきっちりした境界はなかった。引き戸はドアと違って、開と閉の間に、半開を作ることが出来る(すなわちグレーゾーンを積極的に作る事が出来る。)

2.日本家屋は、衝立や屏風で仕切ればそれが結界となってたとえ音が聞こえても聴こえなかったことにする。

3.寺子屋は、個人教育の場であり子供ごとに(能力に合わせて?)教科書は違っていた。机は、寺子屋に入るときに親が買って寺子屋に預けておくものだった。集団教育は行われていなかった。

4.連は、俳諧だけでなく、合目的的にさまざまな職種の人々が集まって種々の連が作られていた。それらの連の中から、多色刷りの技法や落語が生まれてきた。連もゆるやかな集まりで、現代的な意味でのリーダーはいなかった。それは、当時の行政の仕方とも関連している。

など夫々もう少し深く知りたくなることばかりでした。どうしても現代から歴史を振り返ると、振り返る視点は現代にあるため良くわからなくなることが多いのですが、明治以降、昭和以降 そして平成も既に20年以上経って気がつかないうちに、見えないうちに大きく変化していることがあるんでしょうね。逆に言えば日本人は昔からこんなだったと考えてしまいがちですが、実はものの考え方なんかは大分違っているんでしょうね。
しかし、田中さんの講義の中で見せていただいた黄表紙の話は、そのまま女性が自立し、ホストクラブに通うような話で、江戸時代もやるなあと面白かった。

|

« 御岳でまったり | トップページ | 重松だけか? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 雪後晴れ 読売新聞・法政大学市民講座:

« 御岳でまったり | トップページ | 重松だけか? »