« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »

2010年9月

2010年9月28日 (火)

サイクリング後井の頭公園

昨日は、朝から天気が良く気持ちの良い秋の一日で始まった。
一昨日の小川山の疲れはそんなに無かったが、何となく家でのんびりと午前を過ごす。いつも日曜にのんびりすると、朝からテレビを見てしまう。で、テレビ朝日で民主党・自民党・みんなの党・公明党の幹事長達の出ていた番組を見て、中国の理不尽さと日本の対応の悪さに改めてあきれて、やれやれという気持ちでいたら、その後NHKで同じ顔ぶれ+共産党・国民新党幹事長番組をやっていて、まあ人気タレント並だなあと感心してしまう。
外交問題も、景気対策もどこでも同じ話を蒸し返しているのは如何なものか。いっそテレ朝の続きをNHKでやれば良いのに。
まあ、幹事長さんたちはさておき、ワンピースにチャンネルを切り替える。ワンピースは幹事長番組より面白い。

あまりのんびりし過ぎても、せっかくの秋の一日がもったいないので、昼前にサイクリングに出かける。
午後には、何となくまたのんびりしようと思い、短めにいつものコースを行く。
自宅-高尾-大垂水峠-千木良-阿津-津久井湖(城山ダム)-川尻農協-法政大学-自宅
走行38km、平均22.5km/h
全てアウターで走る。大垂水の上りもアウター+サードで登りきる。
Ts3h02830001 途中、尾崎咢堂記念館で、写真のような奇妙な枝振りの大木を見つける。何回も通ったことがあるのにそれまでまったく気がつかなかった。

秋澄みし大木により文をよむ











家に帰ると、ちょうど家人と上の子が出かけるところだった。聞くと、上の子が井の頭公園に大学の課題のアンケート調査をしに行くので駅まで送りに行くとのこと。じゃあ、家人と一緒に井の頭公園に行こうかという事になり、一度家に入ってシャワーを浴び着替えて、自転車で駅まで行く。

日曜の中央線はこんなに混んでいたのかと思うほどの混みようであったが、吉祥寺で下車し、井の頭公園に行く。

数年前まで、井の頭公園を抜けた先にあるジムに行っていたので井の頭公園はその頃よく通っていたが、公園そのものに行くのは、ずいぶん久しぶりで恐らく30年位ぶりだ。
さらにさかのぼれば、多分小学校高学年のころ友達と電車で来て、初めてボートを漕いだのも井の頭公園だった。

アンケート調査をする上の子と別れて、家人と公園を散歩する。途中井の頭公園駅前のコンビニでビールを買って、公園のベンチでビールを飲みながらゆっくりする。井の頭公園は、立地も良いし、人通りも多いので、露店で恐らく自作の種々雑多なものを売っている人たちや、似顔絵書き、音楽家などがいる。

アンケート調査をお終いにした上の子と家人と公園を後にしたのは、5時過ぎでした。

写真は、井の頭の謂れの湧き水と鯉
Photo_3




Photo_4






さて

井の頭公園
秋の日の公園に聞くバイオリン

秋の雲人通り行く露店あり







さて、
秋晴れは長く続かず、公園にいるときから青空は消えて、帰りの電車を降りると大層な雨が降っている。結局、その日の締めくくりは駅から家まで雨の中を自転車で帰ろこととなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月26日 (日)

クリーンクライミング小川山

25日は、クリーンクライミング小川山イベントにジムの知り合い総勢7名で参加した。イベントは、廻り目平のゴミ拾いと、協賛企業からの景品を巡ってのじゃんけん大会など。午前9時の開始ということだが、ジムに集合したのが7時。廻り目平着は10時過ぎで、とりあえず、ジムのKさんが主催者に挨拶してから、ゴミを拾いながらビクター岩へ向かう。
前日からの雨が上がったばかりというということで、じゃんけん大会は12時からとのこと。ビクター岩に着くと、以前ジムでよく一緒になった人と出会う。
少しビクター岩を触って、じゃんけん大会へ。
Ts3h0282 雨が上がり、陽がさすと暖かいが、秋の空気がさわやかなキャンプ場でじゃんけん大会が始まった。
まず、ジム仲間のHさんがメッセンジャーバッグを入手。幸先良いスタートとなるが、その後はなかなか勝てず、結局ジムのKさんとSSさんがクライミングパンツを獲得したほかは、じゃんけん無しでもらうことが出来た液体チョークやTシャツなどをもらって終了。

私は、ザックなどで最終戦まで2回ほど残ったがあえなく敗退。液チョー・Tシャツ組となりました。

じゃんけん大会では、D輔さんの友達で以前国分寺のジムで一緒になったひととしばらくぶりで出会う。最近はクラックをやっていて、毎週のように小川山に来ているとのこと。

じゃんけん大会の後は、再びビクター岩へ。
今日は、前回登れなかった三日月ハングをとりあえず登ろうとする。
学生のK君や今回初めて外岩に一緒に来たYさんも三日月ハングをやる。K君は、何回目かで完登。Yさんはまだ外岩慣れしていないのか、岩と体がちょっと離れ気味で苦労している。

私は前回よりは確実に、リップを取ることが出来るが、相変わらず振られ落ちを2回ほどする。

それを見ていた、以前のジム仲間から右足の置き場を教わる。で、その足を利用してやってみると、見事ぴたっと左手がリップにとまり、三日月ハングを登ることができた。よしよし。

その後は、知り合いの人とモファットトラバースをやったりしながら暗くなるまでビクター岩で遊んだ。
特に、女性陣は夕方になって動きが活発になり、KさんHさんはほぼナイトボルダー状態になってもコーンケーブや三日月ハングを触っていました。

帰りは、何と渋滞も無く2時間半ほどで八王子西インターまで到着。
Kさん運転ご苦労様でした。

岩乾き気合一声天高し

空澄むや草原にクライマー集う

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月20日 (月)

連休中日は都心へ:三菱一号館美術館

昨日連休の中日は、以前から家人がどこかへ行きたいといっていたので、都心へ行くことにした。
往きは、有楽町から。国際フォーラムの脇ではフリーマーケットをやっていたが、出展者が骨董品店ばかりで、しかもプロっぽくあまり買う気にはなれない。雰囲気は良いんですがね。

NHKの大河ドラマ龍馬伝のナレーション役の、岩崎

彌太郎の創設した三菱を引き継いだ弟彌之助が、丸の内地区を政府から買取り、三菱一号館を建築、二号館、三号館と続き
その中に美術館の構想もあったそうだ。
三菱一号館を高層ビルが立ち並ぶ現在の丸の内に、当時の設計に基づき建設するに当たり、美術館を開設。私は見損ねてしまったがオルセー美術館展に続いての力の入った展覧会でした。
_1


まずは、明治24,25年の油彩。維新後一/四世紀で油彩の技術を自分のものにし、さらに当時最先端の印象派の影響を取り入れた絵画を見て、当時の人の気概を感じました。

次に、東洋文庫の諸書籍。古地図の変遷や、古代中国の書籍、解体新書は西暦で発行年が記載されていたなど面白いものばかりでした。名前だけ知っていた東洋文庫が三菱の収集だったとも知りませんでした。

さらには、日本郵船と麒麟麦酒の戦前のポスター。デザイン性に驚くとともに、郵船の国内航路に台湾や樺太航路があるのや、麒麟麦酒に京城工場があったのを見ると時代を感じます。
台湾航路なんて魅力的ですね。

帰りは、東京駅まで歩いて中央線で帰りました。
_2












Photo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月19日 (日)

市民講座

昨日は9月の3連休の初日だったが、昼前にまだ夏のような晴天のなか久しぶりに庭の芝刈りをした。芝の伸びもあったが、雑草の伸びがひどくまあ、短くしておけば何とか手入れをしてるように見える。家人には、私ばかり以外の雑草とりをして欲しいといわれているがそこは何とかごまかして手を抜いている。

その後、4月以来近所の法政大学でやっている市民講座を家人と聞きに行った。4月の初回は、田中教授の江戸の連に関する話だったが、その後他の用と重なったり忘れてしまったりで5、6、7月と聞き逃していたが、ようやく9月で2回目だ。
今回は、どうやら法政大学の名物教授の一人であるらしい稲増教授の「若者はもう熱く連帯しないのか」という講義。
サブタイトルに全共闘からおたくへとあって、これは人間関係論なのかなあと思って聞きに入ったのだが、いやー面白い講義でした。

稲増教授は、社会学部でメディア論を担当しているらしいが、稲増ゼミは映像を作成するのが一つの眼目のようで、つまり机上の講義より実践なのか。卒業生にはマスメディアで活躍中の人も多くいるようです。

講義は、モダンからポストモダンへの流れ・違いをマスメディアを通して考えるというようなもので、モダン(近代)は産業革命(日本では明治維新かな)以降、第2次世界大戦後 戦後復興期(あるいは高度成長期まで)とくくり、ポストモダンは戦後の復興期を経て現代に至る時期とくくれるのかしらん。
何れにしろ、近代以前は若者はいなくて子供から大人になった。近代になって、子供から若者を経て大人になるように社会に余裕が出来た。
ベビーブーマーあるいは団塊の世代は、また全共闘世代であって価値観の転換を行ってきた世代である。それは、貧しいから働いて・努力して金をもうければ幸せになるという近代のドグマから、金があれば幸せなのか、もっと他にやることがあるのではないのかという多様な価値観へと変換していった(ポストモダン)への過渡期であった。
されに、団塊世代の子供らがおたくになって行く下地を作ったのではないか。
それは、テレビの視聴率にも現れている。30年前は皆で同じ番組を見ていた(高視聴率番組の存在)のが、現在は色々な番組がめられている(高視聴率番組が無くなり視聴率が平準化している)。すなわち、嗜好の多様化が進み各人の嗜好を追及していくのが、おたく化を生んでいる。
そして、これが世界的に見ても時代の共感を呼びつつある。。。

というような、私の歪曲を含んだ感想でした。
稲増教授は、実に多彩な身振りで1時間半の講義をエネルギッシュにしていました。

講義風景
20100918_1

20100918_2_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月14日 (火)

山のOB会

最近、昔の仲間に会うことが多い。

昨日、一昨日と以前入っていた山の会のOB会があって、箱根に一泊旅行をした。

OB会といってもこの会は現役は誰もいなくて全てOB。私が現役でいたのは7~8年、毎年一回のOB回が29回目。会は、主力が引退し事故があって結局全員OB になって会は休会状態が30年近くも続いているというのかな。 毎年毎年、遠くは北海道からこれを楽しみに来るものもいるので、今となっては短い間だったが人の繋がりでいえば、とても強い繋がりを持った時代だったんですね。

さて、私は、この10数年自転車で行くことを楽しみにしていて、ちょっと遠い場所の場合は輪行することもあるが今回は近場の箱根なので、往復自走。

輪行袋も持たずに出かけた。

往きは、 自宅-相模川右岸-あゆみ橋-海老名運動公園-茅ヶ崎-太平洋自転車道-国道1号-小田原-東海道旧道-芦ノ湖-宿

走行 99.2km 平均18.9km/h

復路は 宿-芦ノ湖湖尻往復-東海道新道-小田原-太平洋自転車道-国道1号-茅ヶ崎-海岸のサイクリングロード-江ノ島-藤沢-境川サイクリングロード-町田-境川サイクリングロード-町田街道-相原十字路-自宅 走行 123.3km 平均21.5km/h でした。

20100911_5 残暑が厳しいとはいえ、季節は秋。先日の台風以来空気も秋の気配を含んでいた。往復の相模川・境川は田んぼが広がる景色の中を走る。 20100911_4 東海道の旧道を登ったのは2回目だが、何しろきつかった。気温も高く、途中思わず5回も休みが入ってしまう。昨年は、新道を雨の中登ったが、休憩は1回だったが旧道は七曲がりの勾配10%が1.2lm続くのをはじめとして傾斜がきつい部分が多く、下りを含んでいるのに休む間もなく消耗してしまった。 お玉が池に着いたときはほっとしました。

20100911 さて、お目当ては宴会。こんな感じでした。AさんTさん毎年の幹事、ご苦労様です。社会人山岳会の良いところは、様々な職業の人、中には学生も混じって年齢層も多少の広がりを持って付き合いが出来るところでしょうね。

その付き合いが、30年たっても毎年毎年続いていく。。。

20100912_3 帰り道は、芦ノ湖の湖尻まで往復してちょっと登り返せば後は12~13kmのダウンヒル。と思ったのもつかの間、下りの車が渋滞していて、脇をすり抜けながらの走行になってしまい、帰りも旧道にすべきだったなあと思いました。

20100912 途中、茅ヶ崎ではこんな風景を見て、つぎは私もサーフィンだとの気を強くして帰りました。

湘南のサイクリングロードはロードレーサーよりビーチクルーザーが似合う。

20100912_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 7日 (火)

廻り目平うどん

日曜は、ジムの仲間と小川山に行った。

直前参加のM君を含め総勢7名。初めて小川山に来る IさんとO君も参加。車2台で途中境川パーキングで合流し、廻り目平へ。I20100905
とりあえず、コーンケーブをやりたいというTさんを尊重してビクターへ。
ビクターには既に数名がいてコーンケーブや三日月ハングをやっている。
私も、三日月に参加させてもらう。それまでに三日月を触っていたのは、3名の女性。皆、右の方から取り付いているが、私は右は割愛していきなりカチからスタート。3回目くらいから三日月をきっちり保持できるようになったが、左手をスローパーに飛ばしても全然保持できずに2-3回落ちる。
これは、燃料切れかなと缶ビールを開けて燃料補給をする。すると、燃料補給のつもりがよれを増長させたようで、スタートも出来なくなる。
そうこうする内に、女性3人のうちの2名が登ってしまう。よく見ると、三日月を持ったままの足で左手を飛ばしてスローパーを取っているではないか。私はというと、三日月を取ってからまず足を右左とスローパーの方へ移動してから取ろうとしていたのだった。それだと、体が近すぎてスローパーを保持するのに余分な力が必要で、その力の無い私は落ちたのだ。
結局、ビールを1缶飲んで、三日月はあきらめキャンプ場に移動。
20100905
実は今回の小川山は、ボルダリングもともかく、おいしい昼食を食べようと、TさんとHさんが計画して昼にうどんを食べることにした。
具たくさんのうどんを作って、皆でおいしく食べる。
IさんもO君もこれには満足。
野菜を切ってきてくれたTさんに多謝。
量が多く、胃が疲れるほどの昼食でした。できれば、次は泊まりでこういう食事をしたいものです。M君は、そのまま昼寝。

昼食後は、くじら岩に移動。
私は、エイハブの完登をめざす。くじら岩には、いつも忍者返し岩で合う方がいて、お互い珍しいねと言い合う。
で、エイハブはというと、10回ほど触るが、うち3-4回はだめトライ。うち4回は、左手のスローパーからさらに左を飛ばしてこぶをとることが出来ずに敗退。
最後のトライで、見ていた方から右ひざに乗り込んで左足をポケットから切って飛ばせばこぶが取れると教えてもらうも、よれていて出来ず。
結局、それでエイハブは終了。
結局、その後皆とやさしいところでワイワイやって夕暮れに廻り目平を後にしました。
帰りは、大月から先渋滞なので、大月で高速を降り、裏道を駆使して八王子に帰着。

写真上 Iさん初めての外岩
写真下 うどんの人たち

次こそエイハブと三日月だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

また久しぶりの友と会う

この前の土曜に、久しぶりに高校時代の同級生と会食をした。
先週の大学時代の友人よりは頻繁に会ってはいるが、それでも数年ぶりだと思う。
高校卒業以来、何かと会ってきた友人だが最近はみな忙しくて中々会う機会が無かったが、それでも自発的に幹事をやってくれる者がいて今回の運びとなった。

久しぶりは、会を開いた新宿にも言えて、このところ新宿で飲もうなどということはめっきり減った。

アロハ着て停年なるも意気盛ん

というところでした。

Uさん是非次回はカーリングをやりましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年8月 | トップページ | 2010年10月 »