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2010年9月19日 (日)

市民講座

昨日は9月の3連休の初日だったが、昼前にまだ夏のような晴天のなか久しぶりに庭の芝刈りをした。芝の伸びもあったが、雑草の伸びがひどくまあ、短くしておけば何とか手入れをしてるように見える。家人には、私ばかり以外の雑草とりをして欲しいといわれているがそこは何とかごまかして手を抜いている。

その後、4月以来近所の法政大学でやっている市民講座を家人と聞きに行った。4月の初回は、田中教授の江戸の連に関する話だったが、その後他の用と重なったり忘れてしまったりで5、6、7月と聞き逃していたが、ようやく9月で2回目だ。
今回は、どうやら法政大学の名物教授の一人であるらしい稲増教授の「若者はもう熱く連帯しないのか」という講義。
サブタイトルに全共闘からおたくへとあって、これは人間関係論なのかなあと思って聞きに入ったのだが、いやー面白い講義でした。

稲増教授は、社会学部でメディア論を担当しているらしいが、稲増ゼミは映像を作成するのが一つの眼目のようで、つまり机上の講義より実践なのか。卒業生にはマスメディアで活躍中の人も多くいるようです。

講義は、モダンからポストモダンへの流れ・違いをマスメディアを通して考えるというようなもので、モダン(近代)は産業革命(日本では明治維新かな)以降、第2次世界大戦後 戦後復興期(あるいは高度成長期まで)とくくり、ポストモダンは戦後の復興期を経て現代に至る時期とくくれるのかしらん。
何れにしろ、近代以前は若者はいなくて子供から大人になった。近代になって、子供から若者を経て大人になるように社会に余裕が出来た。
ベビーブーマーあるいは団塊の世代は、また全共闘世代であって価値観の転換を行ってきた世代である。それは、貧しいから働いて・努力して金をもうければ幸せになるという近代のドグマから、金があれば幸せなのか、もっと他にやることがあるのではないのかという多様な価値観へと変換していった(ポストモダン)への過渡期であった。
されに、団塊世代の子供らがおたくになって行く下地を作ったのではないか。
それは、テレビの視聴率にも現れている。30年前は皆で同じ番組を見ていた(高視聴率番組の存在)のが、現在は色々な番組がめられている(高視聴率番組が無くなり視聴率が平準化している)。すなわち、嗜好の多様化が進み各人の嗜好を追及していくのが、おたく化を生んでいる。
そして、これが世界的に見ても時代の共感を呼びつつある。。。

というような、私の歪曲を含んだ感想でした。
稲増教授は、実に多彩な身振りで1時間半の講義をエネルギッシュにしていました。

講義風景
20100918_1

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